April 2005

April 28, 2005


痛みを知っている人=人の痛みを理解できる人
ではない。
同じように
痛みを知らない人=人の痛みを想像できない人
でもない。

そもそも
痛みなんてものは一つでも
その理由は無数にあるのだから

まるで同じ痛みなんてない
痛みを知る人も結局他人の痛みは
想像するしかない。

だったら痛みを知っていて想像力の乏しい人より
痛みを知らずとも想像力や人を思いやる気持ちの豊な人の方が
他人の痛みをなんとなくは理解しやすい気がする。

痛みを知っているから人に優しくできるとは
私は思わない。
転んだことのない人にも
転んだ人の痛みを想像して、思いやることはできるはずだ。
そしてそうできる人は
とても優しいのだと思う

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と、書いてから気づいた。
これじゃぁ自分が小説の中で書いたことと矛盾しているな(笑
昨日の私と今日の私
そして明日の私が同じことを感じて
生きているわけではないんだ。
人は矛盾の中に生きていて
私も世界の矛盾の一つなんだと、改めて思う。
自分がないと言われてしまえばそれまでだけど。

April 26, 2005

奇跡を待つ心

先日今年度最初の授業参観があった。

ちびの通う養護学校の授業参観は一日仕事で、
途中学校外で昼食をとってまた学校に戻ることになる。

クラスのお友達のお母さんたちと昼食を取っている時、
一人のお母さんが、
「でも、もしかしたらいつか普通に追いつけるかもしれないって思わない?」
そう言った。

そのとき、
私の脳裏に一つの風景が浮かんだ。
酷く昔のことのようにも、つい昨日のことのようにも
感じる風景。

はじめてちびすけが知的障害だとわかったとき
児童相談所の先生が、
「療育手帳の申請はどうされますか?」
そう言った。
そのとき私は頭の中が真っ白な状態で、
まともな思考能力が殆どなくなっていて…
「でも、療育手帳を貰ったら、いつか健常な子に追いついたとき
 以前療育手帳を持っていたことがハンデになりませんか?」
と、訊ね返していた。
そのときの先生の顔は今でもはっきり思い出せる。
困ったような、私を哀れむような
そんな複雑な表情で、

「お母さん、知的障害の子供が健常になることは
 まずありえません。」

ああ、そうなのかと思った。
そして次の瞬間、涙が溢れてきて止まらなくなった。
泣いてもどうにもならない。
取り乱すのは恥ずかしい。
それでも涙は止まらない。

「ごめんなさい。」

そう謝る私に先生は、

「どのお母さんでも皆さん同じですよ。」

と、言った。

信じられない。
信じたくない。
どうして私の子が?
私が何か悪いことをしたの?

ぐるぐると同じことを頭の中で繰り返しながら、
だんだんと浸透してくること…

ちびが健常になることは、けしてないのだ。

納得できなくても
悔しくても
悲しくても

それは変えることのできない事実なのだと。


「でも、もしかしたらいつか普通に追いつけるかもしれないって思わない?」

きっとそれは叶わない願い。
おきない奇跡。
それはわかっている。
それでも私は

「うん、そうだね。そう思う。」

そう答えていた。
周りのほかのお母さんたちも、やっぱりみんな首を縦に振っていた。
奇跡を待つ心は、まだ消えない。

それがいいのか悪いのかわからないけれど、

消えない。


April 23, 2005

もうやだ・・・


自分の気の小ささと
自分の馬鹿さ加減と
自分の思い切りの悪さが
いいかげん
嫌になる

多分必要なのは
ほんのひとかけら
それこそ
勇気と呼べないくらいの
小ささでいいはずなのに

お仕事


本当に欲しい物ってのは
がんばってもがんばっても
手に入らないものが多い

ので

せめてお金で手に入れられるものくらいは
欲しいと
ガツガツ働くのです…

April 22, 2005

距離感

人との距離のとり方が
すごく下手糞です。

っていうか
わからない。

どこまで踏み込んでいいのか
どこまで踏み込ませていいのか
全然わかんない。

似たようなことで
電話とかできないんですよ、なかなか…

「君から電話していいよ」って言われても
そのタイミングが計れない。
今していいのか
明日ならいいのか
それとも一週間くらい間あければいいのか

そもそもたいした用事もないのに
電話ってしていいの?とか…
もしかして「いいよ」は社交辞令だろうかとか…

思い返せばそんな私の性格故に逃した恋も多かったような気がする(泣

いや恋愛のお話だけじゃなくて
友達とか、家族とか…
とにかく人との距離をうまく計れなくて
それが私の周りに無駄に壁を作っているみたいだなぁと
最近すごく思います。


自分からできないから
友達や姉から電話かかってくるのが
すごく嬉しいんですよねぇ

でもそういう他力本願ちっくな自分が
ときどきすんげぇ嫌になります
欲しかったら自分から動けよと…


April 20, 2005

旅立ちの時


四月だからといって
何が変わるわけでもなく
ただ毎日
同じことの繰り返し

昨日も
今日も
明日も

このままずっと続けていくことに
意味があるんだろうかとふと思う

生きるって
面倒くさい

April 19, 2005

万博



日曜日に万博に行って来ました。

暑かった〜
これで夏休み辺りになったら
どんな暑いんだろうと思ってしまいました。


ちびすけは
モリゾーキッコロも大好きだけど
何よりお気に入りなのは
あちらこちらで催されているちいさな大道芸だったりします。

二時間もぶっつづけで見てても
飽きないらしい…

かぁちゃんは違うとこ見たいんだけどなぁ…

関係ないけど
モリゾーの目つきって
ちぃとばかし怖いです。
お口もでっかいので、背中を見せたら
「あ〜〜〜〜んぐり」と喰われそうです。



April 18, 2005

puzzle un


ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND

忘れる薬とか
忘れさせる機械とか
あればいいよねぇと思う

記憶の一部を切り取って
ゴミ箱にぽいっとできたなら
気楽でいいやね…


April 07, 2005

動く人

基本的に私は、同じ場所にじっとしていたい人間なんであるが…
うちの姉は正反対だったりする。

動的な姉を見ていると
時にすんげぇ羨ましくなったりするんである…

多分姉と私は
これまでも、これからさきも
そう大差ない人生の時を刻んでいくのだろうと思うのだが

きっと姉の方が
私の何倍もの物を見、
そして何倍もの人と触れ合っていくんだろうなぁ…と。

まぁだったらおまへも外へ出ろっていわれそうなんだけど
それができれば苦労はないのよ
お外怖いんですもの(笑
あたしにとっての外界って
今は半ば目の前の薄っぺらいディスプレイの向こう側だけなのさ。


さて
動く人ってタイトルをつけたんだけど
それは外へ出かけるって意味だけじゃなく
うちの姉、すげぇ働き者なんですよ〜
人の家に来ても、掃除とかしてくれちゃうし…

でもって仕切りやさんで
頼りになる人だなぁと
万博のお陰で再確認いたしました。

行きたいなぁとか言うているだけのあたしを
ぐぃぐぃと引っ張ってくれる

姉がいなかったら
うちのちび折角の万博に行かずに終わったかもしれん…

本人には口が裂けても言いたくないけど
姉はあたしの憧れ
なりたい姿の一つである。


絶対マネはできないけどね。



April 04, 2005

馬鹿に付ける薬はない


馬鹿に付ける薬はない(ばかにつけるくすりはない)
意味:愚か者を治す方法はない。愚かな者は救いようがない。


真理だな…

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風花(ちびまま)