王子のこと

January 11, 2006

ある意味ガス抜き


先日実家へ遊びに行ったら、ちょうど甥っ子が来ていて
リビングの机で私の父に教えられながら
冬休みの宿題(漢字の書き取り)をしていた。

その光景を見ていたら、こぅ
喉の奥がつーんと痛くなってしまった。
こりゃやばい、泣きそうだと、私はあわてて
リビングにちびを残したまま母の部屋へ非難。

羨ましかったのだ、すごく。
余人には読めないであろうきったない字で
覚えたての漢字を面倒くさそうに書き綴っている甥っ子の姿が。
彼はちびより一つ年下だ。
ちびは、未だひらがなを読むことすらできない…

羨ましくて羨ましくて
泣きそうになって
そのままを母に告白した。

「羨ましくて泣けてくる」
「あんたがそんなこと言ったら、ちびが可哀想だ。」

多分
いや、きっと母の言葉は正しい。
健常な子供を羨ましがることは、ちびに対する裏切りなのだろう。
それは私にだってわかってる。
わかっていても叫びたいときもある。

「だって羨ましいんだもんよ、仕方ねぇだろーが。」

そしてそう叫びたいと思う自分を恥じる。
健常であれば良かったのにと思い、そしてそう思ったことを恥じる。
ちびを育てるということは
私にとってはその繰り返しだ。
後から恥じるくらいなら最初から思わなければいいようなものだけど
それができれば苦労はない。気持ちは、自然に湧き出るものだから。

それにしても、
「羨ましい」
その一言をつぶやくことすら禁じられるなら、
この焼け付くような想いはどこに持って行き場があるだろう?
全部自分の中に抱え込んで、押さえ込んで
いつか昇華できる日をただ待てばいいんだろうか?

それができる強さを持っていればよかったとか
もっと自分が立派なお母さんならよかったとか
思うことはあるけれど
私はどうがんばっても立派なお母さんにはなれそうもない。


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December 29, 2005

検査結果

検査の結果再手術はしなくていいみたいです。

が…
検査結果は芳しくない。
前回術後すぐの検査のときより
やっぱりずいぶんと呼吸が止まる回数が
増えております。その数なんと三倍以上…

なのになぜ切らなくていいかというと
切って治るもんでもないという
結論に達したからなんですよね。

ちびが眠っている間
脳から「呼吸しなさい」という信号が
出ていない時間が多いそうです。

つまり喉や鼻が「詰まってる」から息できないんじゃなく
息をしろと脳が「命令しない」から息をしない。
だから手術して治る病ではないと…

その原因が障害にあるのかどうかは
今の医学ではっきりさせることは
できないそうです。

それってつまり
ちびが障害を持っているかぎり
ちびの無呼吸症は治らなくて
そしてちびは生きているかぎり多分障害と
一生付き合っていくんだから
ちびはこれからもずっと突然死の危険を抱えたままって可能性がある
そういうことなんですよね。

医師は「そうと決まったわけではない」
と仰いました。
あたしもそうであって欲しいと願っています。

まぁ
健常児にも見られる症例ではあるらしいので
しばらくはまた様子見です。
そのうちちゃんと呼吸できるように
なるかもしれないし…

とは言っても
やっぱり不安です。

誰かなんとかしてよと
思わずにはいられない…




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December 27, 2005

通院日


明日はちびすけの通院日です。

11月に検査入院をしたので
その結果が出るんですが、
今回はわりと私の気持ちが落ち着いています。

いつも検査結果が出るときは
「また入院になる〜」という嫌な予感がしてるんですが
今回はそれがない。
三度目の手術はないんじゃないかなぁ…と
希望的観測を胸に
明日ははりきって病院へ出かけていこうと
思っています。


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December 19, 2005

必要としているのは同情じゃなく…

雪だるま

ちびの障害のこと、
「かわいそう」だと仰ってくださる方がいます。

気にかけていただけることはありがたく思いつつ
う〜ん、ちょっと違うんだなぁと
思ってしまう私がいます。

ちびには人生の道のりの上に
人より高くて、でもって人より沢山の
ハードルを迎えていくのでしょう、これからも。
だけどどんな人の生きる道にもハードルはあって
その高さも数も色々じゃぁないですか。
ちびたち障害児だけが大変なわけじゃない。

「かわいそう」だと思われることは
仕方ないとは思います。
同情されることが嫌なわけでもありません。
ただ、できれば「かわいそう」で終わらないでねと
そう願う気持ちがあります。

彼らに必要なのは同情ではなく「理解」です。

多分皆さんが思っているよりも
彼らは沢山のことができます。
できないことも多いけど、だけどできることも
いっぱいある。

彼らに「できること」と「できないこと」を
知ってほしい。
そして彼らがどうしてもできないことにぶつかったとき
少しでいいから手を差し伸べて欲しい。
甘やかして欲しいんじゃなく。

本当にほんの少しの手助けでできてしまうことって
多いんですよ。

さて、「かわいそう」のこと。

少なくともちびは少しもかわいそうには見えないです。
沢山の人に愛されて、毎日にこにこ楽しそうに生きています。
少しずつだけど、ちゃんと成長しています。
そして、毎日がとても充実しているように、見えます。

ね?
少しもかわいそうじゃないでしょう?


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December 15, 2005

君の見ている世界を見せて

ずっと以前「眼球」とかいう恐ろしげなタイトルの
詩を書いてどっかでupしてたことがあるんですが
最近その詩に似て非なる(よく考えたらじぇんじぇんちが〜う)
気持ちになることが多々あります。

一昨日ちびの授業参観がありまして、
その場で他のお母さんたちと話してたときに
「なんか見えてると思うときがある」
てな話題になりました。

ちびたちが
私たちには見えない「何か」若しくは「誰か」を
見ているように感じるということなんですが
その場にいた三人が三人とも
「そう思う」ってことになったんですよ。

一人のお母さん曰く、
「寝るとき上の方を凝視している。」
もう一人のお母さん曰く、
「階段を上がれない」
だそうで…
二人とも女の子で、やっぱり障害を持ったお子さんなんですが
うちのちびにも同じようなことがあるんですよ。

寝るとき
天井方向に向かってにこにこと手を振ってらっしゃる。

う〜ん

それは何が見えているんだろうと
毎晩首を捻ってしまいます。

勿論私は「幽霊」だのの存在はハナッカラ信じちゃいないので
そーいうモンだと思っているわけではないです。
ないですが、でも
もしもそこに
ちびを守ってくれる存在が居てくれるならいいなぁと
思ったりもして(笑

まぁちびが笑いながらうれしそうに手を振っているので
悪いものではないんだろうと思ってもいます。

ちびのような知的障害を持つ子供でも
自閉症のお子さんでも
ダウン症のお子さんでも
私たちより色んな意味で感覚が鋭いことは
多々あります。

こーいうのも
その一つなのかなぁ…

あと、純真さとか、関係あるかもなぁとか…

なんにしろ
彼らが見ている世界を
私たちが見ることはきっとできないんだろうと
そう思います。

でも
共有してみてぇ〜





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November 02, 2005

某ばっかしでごめんなさい。

某新聞の某コンテストで
金賞もらっちゃいました

どうしよう
生まれてこの方
賞と名の付くものは
ほとんどもらったことがないので
舞い上がってます

作品を見ていただきたいのは山々なれど
身バレするので…残念


もちろんちびに関することでなので
二人で一緒に授賞式に行こうと思ってます。
ちびにちゃんとしたお洋服を買ってあげなくちゃ…


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August 05, 2005

再々手術?

ちびすけの三ヶ月に一度の耳鼻科検診に出かけてきました。

鼻にファイバーを突っ込んで中を調べてもらうのと
鼻と喉のレントゲンを写して調べてもらうのとなんですが
結果から言うとアデノイドがまた肥大していたみたいです。

鼻の空洞の八割をアデノイドがふさいでいる状態らしくて
また睡眠時の呼吸数などを詳しく検査して
場合によっては再々手術みたいです。


いったい何度切れば綺麗になるんだちびのお鼻…


子供の検査入院がすごく混んでるみたいで
三ヶ月待ちの11月に決まったので
それまで落ち着きません。
下手すると年明けそうそう手術のために入院かなぁ。。。


病院嫌い〜


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July 01, 2005

わたしはずるい


ずっと
ちびすけより後に死にたいと思ってました。


でもそれって
普通で言ったら無理というか
万が一にも本当にちびがさきに
いなくなってしまうなんて
本当は嫌なんですよね

嫌ってのはえらく控えめな表現だな…
そんなことは耐えられないです。



最近の私は
ちびの父親より先に死にたいと
思ってしまっています。


自分がいなくなるときに
ちびを一人残して逝きたくない
だからその辛さを
ちびのお父さんに押し付けてしまいたい

私は狡い人間だなって思います


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April 26, 2005

奇跡を待つ心

先日今年度最初の授業参観があった。

ちびの通う養護学校の授業参観は一日仕事で、
途中学校外で昼食をとってまた学校に戻ることになる。

クラスのお友達のお母さんたちと昼食を取っている時、
一人のお母さんが、
「でも、もしかしたらいつか普通に追いつけるかもしれないって思わない?」
そう言った。

そのとき、
私の脳裏に一つの風景が浮かんだ。
酷く昔のことのようにも、つい昨日のことのようにも
感じる風景。

はじめてちびすけが知的障害だとわかったとき
児童相談所の先生が、
「療育手帳の申請はどうされますか?」
そう言った。
そのとき私は頭の中が真っ白な状態で、
まともな思考能力が殆どなくなっていて…
「でも、療育手帳を貰ったら、いつか健常な子に追いついたとき
 以前療育手帳を持っていたことがハンデになりませんか?」
と、訊ね返していた。
そのときの先生の顔は今でもはっきり思い出せる。
困ったような、私を哀れむような
そんな複雑な表情で、

「お母さん、知的障害の子供が健常になることは
 まずありえません。」

ああ、そうなのかと思った。
そして次の瞬間、涙が溢れてきて止まらなくなった。
泣いてもどうにもならない。
取り乱すのは恥ずかしい。
それでも涙は止まらない。

「ごめんなさい。」

そう謝る私に先生は、

「どのお母さんでも皆さん同じですよ。」

と、言った。

信じられない。
信じたくない。
どうして私の子が?
私が何か悪いことをしたの?

ぐるぐると同じことを頭の中で繰り返しながら、
だんだんと浸透してくること…

ちびが健常になることは、けしてないのだ。

納得できなくても
悔しくても
悲しくても

それは変えることのできない事実なのだと。


「でも、もしかしたらいつか普通に追いつけるかもしれないって思わない?」

きっとそれは叶わない願い。
おきない奇跡。
それはわかっている。
それでも私は

「うん、そうだね。そう思う。」

そう答えていた。
周りのほかのお母さんたちも、やっぱりみんな首を縦に振っていた。
奇跡を待つ心は、まだ消えない。

それがいいのか悪いのかわからないけれど、

消えない。


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March 30, 2005

春休み


春休みなので、ちびすけは従弟と遊ぶ機会が増えています。
今日もおばあちゃん家で従弟とゲーム中。

勿論ちびにゲームをちゃんとやることはできません。
なので従弟君の方もかなり苛々しているご様子。
それでも、ちびと遊んでくれています。
感謝。


以前この従弟君(もうすぐ小学一年生)が私の母に、
「ちびすけと遊んであげたいけど、どうしてあげればいいのかわからない」
と言ったそうです。
それが私はとても嬉しかった。
従弟君が生まれた瞬間から、ちびすけは彼の一つ年上の従兄であり
沢山の時間を一緒にすごしてきています。
だから勿論、ちびが普通とは少し違うことは知っている。
多分、彼からしてみれば
ちびは不可解でちょっと不気味な存在なんじゃないかと思っています。


だって、言葉は一方通行だし、何を考えているのかわからないし、
小さな従弟君にとっては『ちょっと謎』な存在で当たり前だから。


それでも
歩みよってくれようと
彼なりに色々考えていてくれるんだなぁって
嬉しかった。

ときどき、苛々が高じてちびに酷い言葉を投げつけてしまうことも
勿論あります。
けれどそれがよくないことだと彼自身理解し始めているようにも見えます。
それは従弟君の成長。


ちびすけの存在が従弟君の糧になっている。
でもって兄弟のいないちびすけには、従弟君と遊んだり喧嘩したり
することがとても大切なお勉強です。

お互いがお互いの糧になりあっている二人は
すごく幸せですよね。
誰かのためになれること
それってすごく素敵ですもん。


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